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ヨガと仏教が伝えたいことを表現したドラマがすごい!

こんにちは!鎌倉大船のヨガ教室 ヨガシャラ大船 オーナーのシュンドー早苗です。

筆不精で全然ブログを更新しておりませんでしたが、先週土曜日からヨガシャラ大船はリニューアルオープンしております!新しい生徒さんも続々と増え、ヨガを伝える場を作れてよかったな〜と改めて思っています。

日本でヨガというと、柔軟を必要としたポーズをすることがヨガだと思っている人がまだまだ多いです。
昔のヨガのイメージがそういったものなので、仕方ないといえばそうなのですが、「本来ヨガはポーズをすることだけがヨガではなく、心を落ち着かせて整えるものである」ということを、私の教室では伝えています。

身体をほぐすことで、呼吸がしやすくなり、静かになる自分を感じていただく。
クラスではそれを大切にしています。

 

さて、今日のブログのタイトル「ヨガと仏教が伝えたいことを表現したドラマがすごい!」ですが、たまたま前回のクールでやっていたドラマを、Amazonプライムビデオで見つけて視聴したのですが、回を重ねるごとに「あれ?これってヨガや仏教の教えを取り入れてるドラマじゃないのかな?」と思いました。

そのドラマは僕らは奇跡でできているです。主演は高橋一生さん。
簡単にあらすじを書きますと、主人公の相河一輝は大学で動物行動学を教える講師で、子供の頃から興味のあるものに没頭すると、授業中でも席を離れてしまうなど落ち着きがないために、先生から怒られたり、人付き合いがうまくできず、周りから変わり者だと思われている人です。

両親を早くに亡くした一輝は祖父母に育てられ、そんな一輝を祖父は「(一輝が祖父の作った器を落として割ったときに)じゃぁ、これはどうやったら輝けるだろうね?」と、行動を頭ごなしに叱るのではなく、視点を変えて考えることを教えます。一輝は個性を生かし、子供のようにキラキラとした瞳でいつも楽しそうに物事を捉える大人に成長しました。

そんな一輝を理解している恩師である教授が、「大学で講義をしてみないか」と誘い、大学の講師になりました。
一輝の授業を最初はつまらなそうに受けていた学生たちも、一輝の視点と講義の内容に引き込まれ、だんだん面白くなり、「自分は本当は何をしたいのだろう?」「本当の私って、どういうのが私なのかな?」と、自分自身を見つめ直すようになります。

一方、虫歯になった一輝は、教授から紹介された歯科医 水本育実(榮倉奈々)のクリニックに訪れ、育実から「酷くなった虫歯は抜くしか方法がない」と説明をされ、「歯は抜きたくないので、他の歯医者さんに行きます」と言って帰ったり、やっぱり治療して欲しいと急患枠で予約を取ったのに、他のことに気を取られて予約をすっぽかしたりして、育実を散々振り回します。

育実は一輝のことを迷惑な患者だと思っていましたが、(色々ハプニングがあり、何かと一輝と会う機会が増え)一輝と会話を交わすたびに、自分の性格や考えに囚われていたことに「はっ」と気づき、自信がない自分を学歴やスキルでごまかし、素直な気持ちを別れた交際相手に伝えられなかったことを自分自身で認め、受け入れ、「私は本当は愛されたかった」と涙を流します。

こうして一輝と関わった人たちは、自分自身でブロックを作り自分で限界を作っていることや、ダメな自分を責めて自分で自分をいじめていたことなど、本当の自分を知り気づきます。
そんな自分を受け入れることで、自分自身から解放され、自由になり、表情が穏やかになり優しくなっていきます。

最後に一輝は、普通の人だったら「無理かな〜」と思ってやらないようなことを実現させます。
「僕は、皆さんからできているんです。だから遠く離れていても、いつも通じ合っています」
と言って、それを実現します。

 

このドラマのどの辺がヨガと仏教に関係があるかですが、「私たちは完璧で、存在そのものが奇跡である」ということです。

ドラマの中であった「周りの人と違うから」という理由で、落ち着きのない子供を頭ごなしに叱り、理由を聞かずに責めてしまう母親の部分でいうと、周りの目や評価を気にするというのはバカバカしいものであるということ。自分の価値を他人の評価で決めなくて良いということです。それに、他人の目を気にしているのは自分だけで、他人は自分が思っているほど気にしていないということ。

なぜ子供が落ち着きのない行動をするのかを、子供をよく観察せずに自分の価値観や思い込みで「この子は勉強が嫌いだから逃げるんだわ」と決めつけること。自分の狭い了見や知識だけで他人を判断したり、分かったつもりにならないこと。この部分は、「ヨガの経典を独学せず、必ず師から学ぶこと」という点に似ていると思いました。

そして、「こんな風に子供が育ったのは私のせい」だと、自分で責め続けて、自分で自分をいじめてしまうこと。自分をいじめることはヨガの八支則のヤマ(禁戒)のアヒムサー(非暴力)あたります。
アヒムサーというと、肉食をやめて菜食にすることだと思われがちですが、その前に自分自身を責めないということです。反省・改善しない、甘やかすというのとは別です。

例えば、思ったように行動ができなくて「私はダメな人間だ」「やっぱり私には無理なんだ」「私なんて」と、自己評価を下げて叩くようなことや考えをするのはやめましょうということです。
自分を責めずに、まずは視点を変えて客観的に「どうしたら思ったように行動できるか」を考えた方が、建設的だしストレスになりません。もしかしたら、やることが多すぎてキャパオーバーということも考えられますので、結果だけでダメだと決めつけないことです。

今、自分に必要なものは何か、何が不足しているのか、計画に無理はないか、など見直し、行動したり考えることで、楽に生きられます。視点を変えて考えることにより、それが本当に自分がやりたかったことなのか、自分は本当はどうしたいのかが見えてきます。

 

 

「僕は、皆さんからできているんです。だから遠く離れていても、いつも通じ合っています」
この部分は仏教の「縁(えん)」「空(くう)」にあたると思います。私自身、仏教の知識が乏しいので、私が受け取った限りの言葉で紹介いたします。

「縁」は「ご縁」ともいう通り、私たちは周りの環境や影響を受けて成り立っています。人は一人では生きていけない、何かしら関わっているということです。肉体も自分一人で保つことはできないですよね?食べることによって、肉体・生命を維持できています。

そして「空」。これは説明が難しいのですが、量子力学の世界だそうです。
私はあなたであって、あなたは私なのです。個体として見えて(存在して)いると思っていますが、実は個体ではない。今ある常識が常識ではない。ということです。

ヨガでは「空」は空間(アカーシャ)と呼び、無限に広がる宇宙です。
宇宙は今でも成長しており、無限の可能性を秘めています。私たちも宇宙の一つであり、その無限の可能性を持っているのです。

ですので、「私には無理」「私にはできない」と自分で限界を決めるのではなく、まだまだ成長できる可能性がある!ということです。年齢的・肉体的な限界はあるかもしれませんが、新しいことを始めるのに年齢は関係ないと言えますね。

 

ここまで書くと、このドラマが最後、どのようにして終わるのかのネタバレになってしまいますが、ヨガと仏教の教えをわかりやすく表現しているドラマなので(脚本家がそれを元に書いたかどうかは不明です)、Amazonプライムビデオを見られる方は、ぜひご覧いただきたいドラマです!

つまり、何が言いたいかと言いますと、「みんな!ヨガを始めよう!」と言うことでした(^^)
Let’s Yoga!