プレマナンダジガンガ・ヒマラヤ巡礼ヨガリトリートでの、スワミ・プレマナンダジとのサットサンガのメモです。とても深いお話を聞くことができました。

お金持ちのくだりの部分は、日本人はお金の話=良いイメージを持てない人もいるので、参加者の一部は首を傾げていましたが、お金をたくさん稼ぐために努力しているという意味だと単純に私はそう捉えました。

努力しても稼げないとか、悪いことをしてお金を稼いでいる人はどうなの?という話はここでは一旦置いて読んでみてください。

 

 

ヨギはどうやったら環境から(リアクションから)自由になるか?

自分=身体と思うと出来事に動じてしまう
自分=身体、心、知性ではないと思うと動じない。それがヨガの修行。自由になる道。

どんな物を見ても「私は見ているものである」と思うように、自分の身体を客観的に見る。そうすると違いがわかる。常に観察者になるという練習を常に持っていなければならない。

 

【質問1】イスラムの本で、神は瞬間瞬間宇宙を創っていると書いてあるが、私たち人間はどこにいるのか?

【Answer】
ヴェーダでも全ての宗教でも同じことを言っている。「人間はどこにいるのか」はリアクションに当たる。

真実は一つであり、体験も一つだが、その人により表現が違う。インドでは心が沈黙の時に答えがあると言われている。それを表現するときに自分にぴったりの表現がある。

100kmのスピードでは標識ははっきり見えないが、止まると見える。瞑想で心を止めるとはっきり見える。

どうやってアクション(行為)がリアクション(反動)になるか。
一つの行為が常に変化していく、反動も刻々と変化していく、あるものの続きが宇宙と繋がっていく。どこでも変化があり、その変化を止めることはできない。

物が変化した時、空間を理解できる
アクションが変化した時、時間というものがわかる

普通は時間と空間は切り離せない関係だが
瞑想の時だけは時間と空間の微妙な違いがわかる
空間と時間は表裏一体

行為(アクション)の結果(リアクション)は何年かして帰ってくる。

この世界は常に変化していく。
変化していくことを宇宙といったり、進化という。

変化しないものが真実
真実の前に表面に変化する現象があるため、私たちは真実を見ることができない。変化が止まった時に裏にある真実を見ることができる。
変化する現象は心そのもの。心の働きが止まった時に、真実が見える。変化しないのは神だけ。

 

【質問2】貧しい人は見捨てられ、スワミはリスペクトされ、贈り物を捧げられているのに、貧しい人はそれがない。神がいるのならそれはないはず。神はどこにいるのか?

【Answer】
果物が欲しい時に果物屋で買うように、欲しい目的・必要ものがあるのが大事。何が必要かはっきりさせることが大事。

乞食に施しをして自己満足できるのならそれでもいい。
スワミから真実を学ぶことができるが、乞食からは学ぶことができない。

スワミにお布施や果物屋に払ったお金はどうやって回っているか考えるのが大事。
スワミへのお布施は、もっと多くの人にその教えを広めるために使われている。病院、学校を作ったりして、貧しい人たちも通えるようになっている。

だからと言って、貧しい人たちに寄付をするのがいけないとは言っていない。
貧しい人に直接お金を渡すこともできるが、色々な人を回って渡すこともできる。

他人のことを自分のことのように感じられることが本当の精神世界。

乞食がいたら色んなアングルから見る。
金持ちは努力をして金持ちになっている。努力なしで金持ちにはなれない。

なぜ貧しい人は貧しくなったのか、金持ちはどうやって金持ちになったのか原因を考えなければならない。

貧しくなった原因に援助をしなければならない。
貧しい人は怠惰。怠惰な人は貧しくなる可能性が高い。貧しくなる原因を全部取り払う必要がある。原因=無知を取り除く。

物資的なものによって貧しくなったり、悲しくなっているのではない。対処法を知らないからである。

私が誰かを助けているという考えを持たない。
そういった機会を与えてもらったと思うこと。